Miracle Waterをつくる。

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30秒に1回見っける写真道場!!みっけ雑司が谷!!を終えて

 3月4日(日)くもりの日。

Miracle Waterでは、美術作家の北川貴好さんをお招きして雑司が谷を舞台にワークショップが開催されました。
その名も「30秒に一回見っける写真道場!! 見っけ雑司が谷!!」

いつものアートステーションも"道場"といった雰囲気に様変わり。

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参加者は、地元雑司が谷に住んでいるご家族やチラシを見て興味を持って来てくれた方や雑司が谷のカフェのマスターや学生など。
まずは、師範である北川貴好さんから、道場の心構えが読み上げられる。
それから、参加者の自己紹介や抱負を発表し、いざ雑司が谷のまちへ。
カメラを持ちながらまちを歩くといつもと違ったところに目がいく。
この日は、ちょうど商店街では「外市」という古本市が開催されていたり。。。

18時からは、一日かけてつくった作品の発表会。
参加者それぞれのコンセプトや目標があり、細かいところを見てたり、私の視点とはまったく違う作品を見て同じ雑司が谷でも、こんなにもまちの捉え方が違うのか、と感動しました。個々のカラーが光るワークショップだったように感じました。
参加者のみなさんが思い思いの一日を雑司が谷で過ごし、それぞれの雑司が谷が見っけられたのではないでしょか。

作品はこちらでご覧頂けます。→http://www.youtube.com/playlist?list=PL0A459BF012864A35&feature=plcp

(見っけ雑司が谷!! 若女将 馬渕かなみ)
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by mwlab | 2012-03-09 15:39 | 記事

まちの美味しいパン屋さん 赤丸ベーカリー

 「口に入れるものは最高級のもので作ること」をモットーに、アンパンやカレーパンなど定番商品を中心とした品ぞろえで、まちのパン屋として人気を誇るのが弦巻通り商店街にある赤丸ベーカリー。大正12年、和菓子やお饅頭を売る和菓子店として営業を始めたこのお店が、パン屋に変わったのは昭和25年のこと。当時は砂糖だけでなく、食糧も手に入らない時代で、79歳の今も現役で働くご主人によると、「どんな粉でも持ってきてもらえばパンにしたから、店を開けるとお客が並んでいる」という状態だったという。e0250097_4263066.jpg

食糧事情が良くなるにつれ、商品も最初のコッペパンからアンパン、ジャムパン、クリームパンといった菓子パンや惣菜パンなど豊富な品ぞろえになっていった。しかし、「地域のみなさんに毎日喜んで食べてもらえるものを」という方針は変わらず、お洒落なパン屋というよりも、どこか懐かしい、馴染みのあるパンが並ぶ身近なお店として人々に愛されて続けている。

ご主人によると、最盛期には豊島区だけでも40、50軒はあったというパン屋は、大手メーカー商品の普及や、一人暮らしや、お年寄り世帯の増加で、今では数えるほどにまで激減しているという。そんな中で、こじんまりとした商店街の中にある赤丸ベーカリーが、地域の人々のニーズに合ったパンを作り続けて61年目を迎えていることには、地域と共に歩んでいく者にとっての大切な何かが含まれているように思う。
(阿部和璧)

【関連リンク】
赤丸ベーカリーのホームページ
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by mwlab | 2011-10-23 04:29 | 雑司が谷地域情報

少子高齢化する雑司が谷

 ボランティアガイドの小池陸子さんや、赤丸ベーカリーの赤丸未千江さんら、これまでリサーチした4人の人々の話の中に必ず出てきたのが雑司が谷地区の少子高齢化の問題。昔ながらの入り組んだ路地が残るこの地域は、古い町並みが残ると同時に、そこに暮らす人々には、確実に少子高齢化の波が押し寄せてきている。e0250097_2373637.jpg 

地域の子供たちを見守る主任児童員でもあった小池さんは、3つの小学校が一つの小学校に統廃合された最後の卒業式に参加した時のことを、「卒業式も大変ですよ。10人もいない卒業生では間が持たないから、一人ひとりが作文を読んだりして。もっとひどい時は2、3人だったこともあったから」と急速に進んだ少子化について語った。

赤丸ベーカリーの赤丸未千江さんは、「一人暮らしや高齢の方が多いから、お客さんの単価が以前とはだいぶ変わった。半斤で3枚入りのパンが売れて、家族が6、7人の時のパンの量が売れるというのはほとんどなくなった」と人々の食卓に並ぶパン量の変化から、家族や家庭の形態の変化を読み取った。e0250097_2385016.jpg

東京というこの国の、最も巨大な都市の中心部で、今、田舎の過疎地や地方の繁華街で起きていることと同じ問題が起きている。3.11以降、社会の衰退や資本主義の問題点が取り沙汰されているこの時期、だからこそ地域に向き合い、世代を超えた新たな価値を生み出していくことが必要なのだと思う。
(阿部和璧)
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by mwlab | 2011-10-23 02:41 | 雑司が谷地域情報

地域ねこ、弦巻牛之介くん

 東京メトロ副都心線、雑司が谷駅東の入り組んだ路地の中にある弦巻通りは、池袋の由来ともなった丸池から、神田川に流れ込んでいた弦巻川の上にできた通り。昭和10年、関東大震災後、急速な都市化により汚れた川を暗渠化した上に作られた通りには、赤丸ベーカリーなど個人経営の商店が軒を連ね、「雑司が谷弦巻通り商店街」を形成している。e0250097_10473752.jpg

その商店街の人々が「牛くん」というニックネームで呼ぶ地域ねこ、弦巻牛之助くんは、現在5歳ぐらいの白黒のまだらねこ。商店軒下の特設段ボールハウスに住む「牛くん」は、慣れた人とは一緒に散歩するほどの人懐っこい性格だという。一部の人からは商店会長にも推された彼には、和歌山のスーパー駅長「たま」ほどの知名度はないが、日中の大半を防水、防寒対策の施された段ボールハウスの中でのんびり暮らしている。

「牛くん」の名づけ親で、半年に一度、彼の住まいを作ってあげている赤丸未千江さんによると、「牛くんを囲んで5人ぐらいが餌をあげるだけじゃなくて、病院に連れて行ったり、みんなで可愛がろうという感じになっている。震災の義捐金のために作った牛くんのバッチはいろんな人に買ってもらった」ということで、地域ねことして立派な役目を果たしている。
(阿部和璧)
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by mwlab | 2011-10-21 10:49 | 雑司が谷地域情報
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面白く大切な活動へ興味と関心を注ぐ人の存在を水にたとえ、地域活動での水のありさまを深める為のプラットフォームです。 雑司が谷にはたくさんのみみずくがいます。み・みず・く。


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